少々日が空きました。

実は、先週の日曜日、夫が家で大怪我をしました。

2階の高さの窓を洗っていて、梯子ごと5メートル下のテラスに叩きつけられたのです。

私は現場にいなかったのですが、凄い音がして行ってみたら、倒れた夫のそばには血の海ができていました。

救急車を呼んで病院に行き、怪我の具合を調べていると急激に血圧が下がって、緊急手術になりました。

内臓を激しく損傷していたようです。

出血元がなかなかわからず、大量の輸血とともに長時間の手術になりました。

結局、脾臓を摘出し、膵臓と小腸の一部を切除したそうです。

これが最初の命の危機で、手術途中出てきた看護師さんに、「ご家族に連絡した方がいいです。」と言われてしまいました。

でも、夫は持ち堪えました。その日から私は夫の付き添いで集中治療室暮らしです。



次の手術のために傷は開けたままにして、24~48時間後に再手術の予定でしたが、その日の晩2回危機がありました。

まだ完全に再手術ができる状態ではなかったのですが、傷と内臓をこのまま長時間放って置けないので、72時間後に再手術が行われました。

術中また1回、三途の川近くまで出向いたようですが、戻ってきました。

ちなみに2回目の手術では、壊死していた小腸の一部と、同様の状態の大動脈を切除したそうです。



手術は成功でしたが、これでやっと少し前向きになったかな?と言うぐらい、今後の課題は山積みです。

手術された先生が、これからの二大脅威は、感染症と血栓で、「感染症はなると思っていた方がいい」と恐ろしいことを言われました。



その後、薬抜きです。

痛み止め、鎮静剤、血圧調整剤、あれもこれも、たくさん使ってなんとか持ち堪えてきたわけですが、これを抜いていかないと、通常の病室に移れません。

薬抜きと機械抜きの修行が始まりました。

アメリカは医療スパルタの国、ガンガン行きます。

術後二日目の夜には、ほぼ薬抜きが完了、最後の手術への準備ができました。

ところが、鎮静剤が抜けて覚醒、血圧等のバイタルも上昇した結果、コミュニケーションが取りやすくはなったのですが、動くようになりました。

6日間も同じポジションで、口にはなんか変なもの突っ込まれていて、体には色々なチューブがついていて、うろ覚えの記憶しかなくてパニックです。

昨日の夜は、ICUの看護師さんが少なくて、なかなか来てくれず、私が大きな体を必死で抑えなければなりませんでした。


そして今日、両手首複雑骨折の手術でした。

これが最後の(であることを願う!)手術で、無事に終わりました。

まだお腹の中は治っていなし、骨折はもちろん、手術の傷も完治するまでに莫大な時間がかかります。

長い戦いは始まったばかり、でも、これでやっと生存率の方が上がったと言えそうです。


日曜日から今日まで、人生で一番長い6日間でした。

今日からの流れと、これまでの詳細については後日また書こうと思います。

私は今、とにかく早いICUから出たい!

ほぼ毎日、ほぼ夜、救急から生死の境を彷徨う患者さんが運ばれてきて、結果は良かったり悪かったり。

普通の状態でないところに、さらにメンタルを削がれます。 

そして最後に、医療関係者の方々全てに私は感謝を捧げたいと思います。

この仕事は、本当に過酷で辛いことも多いと思います。

それに従事される方々を心から尊敬します。